今更ではありますが。

-2014年8月13日


うつろひて候プロジェクトが終了しました。
ご協力いただいたみなさま、僕らのわがままに付き合っていただいて、本当にありがとうございます。

今回の舞台、働くというのがひとつのテーマになってました。
狙いか偶然か、映像全話に働いている人が出てますね。

僕にとって仕事とは、何でも入るおもちゃ箱のようなものです。
そのおもちゃ箱にいろんな物を詰め込んで、必要なときにその経験を取り出します。

映画を撮っても、舞台をやっても、コントを作っても、キャンプに行っても、なんでも仕事に役立ちます。
非常に都合の良い仕事だといつも思います。
そう思えるから、何でもやりたくなるし、いろんな経験したいと思ってます。

てな感じで、何か書かないと次に進めなさそうだったので書きました。

これからも新しいこと、面白いことを続けていこうと思いますので、
今後ともよろしくお願いいたします。

決戦前夜。

-2014年7月25日


Facebookの方では嫌というほど告知させてもらってますが、
明日・明後日で「うつろひて候」の舞台を行います。

思い起こせば、最初のティザーを作ったのが、昨年の年末。
8ヶ月間、どんだけの休日を使ったことか。。

それでもいろんな方の協力もあり、
なんとかここまで来ました。

個人的にも、
映像は完全に趣味で撮っていただけなので、
ひとりでは気づくことができない技術的な部分や、
チームで動くことの楽しさと難しさなど、
たくさんのことを学ぶことができました。
告知の難しさも、、

舞台の方は、
HPで公開している映像とつながりはあるのですが、
舞台だけ観ても楽しんでいただける内容となっておりますので、
今週末の土日、もしご都合がよろしければ、ぜひお越しいただければと思っております。

映画と同じく、舞台製作も初めてなので、何が起こるか全然分からないのですが、
とりあえず必死でやり遂げようと思います。

何卒、よろしくお願いいたします!

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うつろひて候
7/26(土)開場17:00/開演18:00
7/27(日)開場12:00/開演14:00
¥2000(*値下げしました!*)
飛び入り大歓迎です!
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知らぬが仏

-2014年6月10日


先日、某駅の導線が非常に悪いという話を聞きました。
僕もよく使う駅だったのですが、今まで不便に感じつつも、あまり気にしていなかった駅です。
しかし、その話を聞いた途端、導線が悪いことを強く感じるようになりました。
道の真ん中にある売店に、なんでこんなとこに作ったんだと憤りを感じるくらい。

似たような話をネットで見ました。(サイトを忘れたので、ざっくりですが。)

ネットが一般化する前は、あるコンテンツに対しての個人の感想が、

aさん「Aの部分が嫌い」
bさん「Bの部分が苦手」
cさん「Cの部分は良くない」

というものだったのに対し、
ネットが一般化して、いろんな意見を目にするようになってしまうことで、

aさん、bさん、cさん「AとBとCが嫌い」

となってしまう、という話です。
この発見は非常におもしろいと思いました。

前者であれば、嫌いな部分は恐らく全体の2割程度。もしかしたら「好き」なのかもしれません。
しかし、「AとBとCが嫌い」となると、嫌いな部分は全体の半分以上。つまりそのコンテンツは「嫌い」となってしまいます。
肯定派3人から、情報を共有し見えなかった部分に気づいてしまうことで、否定派3人になってしまうのです。

僕はムーブメント(コンテンツのブーム)が起こりにくくなっている理由を考えるのが好きなのですが、
これはかなり大きな要因なのではないかと思いました。
そして、これがネットの炎上や、批判の多さ、最近の生きにくさを作っている原因だと思います。

直感ではなんとも思っていなかったのに、
レビュー・視聴率・ブログ・Twitterなどの自分の気持ちとは関係ない部分に影響を受け、
知らず知らずのうちに、マイナス意見の集合体になってしまっている。

昔は、
「個別主義から生まれる集団主義」だったのに、今では
「集団主義から作られる個別主義」になってしまったのでは無いかと。

個性を出すため、人に馬鹿にされないため、集団の意見と評価を取り入れた上で個人の意見を作り上げてしまう。
謎の知識人が多いのもここらへんが影響していそうです。(僕も含め)

ただ、そうなってしまう理由はなんとなく分かっています。
「人と違う生き方をしろ」という学校教育です。

「人と違う生き方をしろ」と言われても、生きてきた時代は失われた20年。
終身雇用は崩壊し、毎日リストラがニュースで流れ、誰も守ってくれないという常識で生きてきました。
「とりあえずやってみる」というノリでは、リスクが大きすぎ、一度の失敗ですべて終わりの世界に見えるのです。
そこのギャップに苦しんだし、今でも結構苦しんでいます。

人と違う生き方をしないといけない。
しかし、それを試す機会も勇気もなかったからどうすればいいか分からない。
じゃあ意見や思考だけでも人と違うことを言っておこう。
そして、「メジャーはダサい」となってしまう。

話はそれましたが、
自分の気持ちをもっと大切にしなければ、どこかの情報に飲み込まれて、本当の自分を見失ってしまう。
もっと言うと、よく分からないエゴと強がりで作られた情報に、自分がコントロールされてしまうということです。

ここらへんは、TEDのサザエbotさんのプレゼンが非常におもしろいです。
TEDxTokyoにサザエbot!「フェイクで見せるリアリティ」の全貌

知ることで生まれる感情。
それが「知った」ことで生まれた感情だと「気づく」こと。
リアルな世界から学んだ出来事でした。

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人と 車と その先と。

-2014年6月 5日


先日googleから、
運転者が何もしなくても目的地まで連れて行ってくれる自動運転カーが発表されました。

すでに、攻殻機動隊の世界では、高速道路はすべてコンピューター制御されているようで、
渋滞は起こらないようです。(攻殻機動隊ARISE border:2より)

僕も高速道路は自動制御でよいと思います。
車の数を計算して、調度良い速度で流していけば、渋滞を無くすことは不可能ではないと思います。

とまぁ僕はそのくらいしか思わなかったのですが、
自動運転カーの具体化により、いろんな部分で議論が巻き起こっています。

Googleの自動運転カーが交通違反、切符を受け取るのは誰?

まず免許。操作しないのであれば、子どもでも乗れるのか。
次に警察。自動運転により、もし事故0になったら警察に入る反則金も0になり、どう運営していくのか。
そして保険。勝手に事故が起こった場合、誰が責任を取るのか。

これで興味深いのが、
「事故があった場合、運転者の責任は無く、賠償金のみ支払われる。」
という考え方です。

車を買った人は、賠償用のお金を自動車税的に支払い、全国でそのお金をプールしておき、
もし事故が起こったらそのお金から賠償金が支払われる、という流れで、
事故を起こした運転者に刑事責任は問いません。

コンピューターは事故を起こさないことを前提に、
もし事故があってもすべてコンピューターのせいで、「運が悪かった」で終わらせます。
無機質ですが、非常に理にかなっていると思いました。人間よりも事故率は低そうです。
ネットにつながってると、こんなこともあるでしょうが。。

クルマの運転操作をハッキングしてみた

SFのようなお話ですが、
今では家にいながら、地球の裏側の細い路地まで見られるのですから、
あながち不可能な未来ではありません。

こういう、テクノロジーで今の常識が根本から変わってしまうような出来事は、とてもワクワクします。
今の常識は、一過性の常識であり、
永遠では無いというのを突きつけられているような、
狭い世界で生きていることを実感するような、
浪漫が溢れている気がします。

そして、いつか来る未来には今対応しないといけません。
現状ですら、テクノロジーの進化に人間の法律は追いつけず、
法的に定義できないものばかりです。

そんな未来の話を考えつつ、
字をうまく書くことを意識している毎日です。

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